百日咳は1人の患者から12人から17人ほどにうつるという、はしかに匹敵するほどの強い感染力がある感染症です。 感染すると発作性の咳や、咳込み嘔吐などを伴う激しい咳症状が長く続くのが特徴です。咳の仕方にも特徴があり、非常に短いピッチで乾いたような咳が続きます。たくさん咳をするので苦しくなって息を吸い込むというのが百日咳の典型的な咳のパターンなのですが、乳児の場合は、まだそのような典型的な咳にはならず、息を吸う代わりに突然呼吸が止まったり、意識がなくなったり、チアノーゼ、けいれん発作などを起こすことがあり、乳児が感染すると重症化して死亡する恐れもある非常に怖い病気です。
日本では乳児期の百日咳を予防するため、現在、乳児に対する5種混合ワクチンを生後2ヶ月から接種することが推奨されています。しかしながら、生後2ヵ月以前にはワクチンを接種することができないため、生後早期の乳児の感染が多く重症化することが問題になっています。(生後2ヵ月から3~8週間あけて、ワクチンを3回接種しますので、感染しなくなるのは早くても3ヶ月の後半とか4ヶ月以降になります。)
そのため、諸外国では、妊婦さんへの百日咳含有ワクチンTdapの接種がすすめられています。Tdapは破傷風、ジフテリア、百日咳の3つの感染症を予防するワクチンで、成人を含む10歳以上の小児に推奨されます。
成人の場合、抗原量が多いと副反応が出やすい傾向があるため、Tdapは小児用3種混合ワクチンであるDTaP(トリビック)よりも百日咳とジフテリアの抗原量を減らしており、副反応を軽減した設計になっています。妊婦がTdapのワクチンを接種することで体内に抗体が作られ、抗体は胎盤を通じて胎児に移行します。これにより、生後早期の百日咳感染を防ぐ効果が期待できます。さらに、ワクチン接種によって、妊婦さん自身の感染も予防されるため、生まれた赤ちゃんに百日咳をうつしてしまうことも予防されます。(6ヶ月未満児への感染経路では、両親や兄弟からの感染例がほとんどを占めています。)
現在40カ国以上で妊婦さんへのTdap接種が積極的に進められており、妊婦さんにTdapを接種した場合の有効性について多くの報告があります。例えばオーストラリアの報告では、18万人を超える妊婦さんのうち12万人強はワクチン接種を受けていますが、生後2ヶ月未満の百日咳に対して80%の高い発症予防効果があったことが報告されています。アメリカでは妊婦さんへのTdap 接種が2011年に導入され、現在ではその接種率が50%以上となっていますが、生後2か月未満の百日咳への罹患率が半減したと報告されています。
しかしながら、日本においてTdapは未承認となっており、生後6か月未満の乳児で百日咳が重症化・入院するケースが多くなっています。そのため、日本でも任意接種としてDTaP(トリビック)を、妊娠27週から36週くらいの妊娠後期に接種することが可能となっています。
このように、日本ではTdapが認可・販売されていないため、母子免疫ワクチンを目的とした妊婦さんへの百日咳ワクチン接種の実現可能な代替案として、DTaP(トリビック)の活用がされていますが、現時点では、妊婦さんへのDTaP(トリビック)接種による乳児の百日咳の重症化予防効果は証明されていません。
2019年には百日咳が流行し、1年間でおよそ1万6000人が百日咳に感染しましたが、年齢分布としては、圧倒的に1歳未満と学童期に集中しており、1歳未満児ではその多くがワクチン接種月齢に達していない乳児において感染がみられました。また最近では2025年4月上旬の1週間で全国の患者数が過去最多を記録し、今年に入って乳児の死亡例も報告されています。
海外でも接種推奨されているTdapが一日も早く認可され、日本でも定期接種の対象となればと思いますが、代替案としてDTaP(トリビック)の接種をご検討されることも一つの案として考えられます。ただし、あくまでも任意接種であり、そのリスクとベネフィットの判断は妊婦さん個人に委ねられていることをご理解頂ければ幸いです。