妊娠中の気がかりやトラブルについて
ここでは、妊娠中の気がかりやトラブルについてまとめていきます。私自身は普段の妊婦健診で健康な妊婦さんにこれらの危険性を積極的にお話しをするようなことはあまりしません。なぜなら、妊婦さんにはリラックスして安定した妊婦生活を心安らかに過ごして頂くことが、何より大切だと考えているからです。そのためには、妊娠や出産の怖い側面ばかりをお話して妊婦さんを脅してしまうようなことは避けるべきであると考えるからです。妊婦健診中にこれはどうしてもお話ししておかなければと思うような場面に遭遇した時に、患者さんにお話をさせて頂くようにしています。
しかしながら、長くお産に携わっていると、本当に色々な場面に遭遇します。産科はおめでたい現場に立ち会える唯一といっても良い診療科でそのやりがいは大きいです。私自身もいまだにお産が大好きで、自分のクリニックの診療の傍ら、ある総合病院にてお産のお手伝いを細々と続けさせて頂くことに生きがいを感じている一人です。しかし、その反面で長い産婦人科医生活の中では、たくさんの危険な出産や悲しい結果になってしまった出産にも立ち会いました。その時のご家族のやりきれない思いは見ていて本当に苦しいものがあります。
現代ではお産は安全であって当たり前という認識が一般的であり、予期していない突然の不幸があった場合に家族の動揺は非常に大きいものであるからです。日本は世界的にも妊産婦死亡率や周産期死亡率が低い国ですが、これはひとえに血のにじむような思いで夜勤や多数の出産を行う諸先生方の尽力によるものであります。分娩は件数がコントロールできないために、人手が少ない夜間に入院・分娩・手術が集中すると多くの医師は睡眠を取ることができません。そのまま次の日の外来に突入するなんていうのは日々のよくある光景の一コマであったりもします。それを支えているのは、諸先生方の強い使命感と責任感です。過酷な環境に立ち向かう献身的な先生方に支えられているのが、日本の周産期医療の現実であって、本来、お産は決して安全なものであるとは言い切れないのです。そのことを少しずつでよいから患者さんに理解してもらい、また一人でも多くの妊婦さんとご家族に妊娠中に気を付けるべきことを理解しながら、無理のない妊娠生活を送って頂きたいと思います。危険な出産や悲しい妊娠に立ち会うことを経験した産婦人科医であればだれでもが思うことですが、おめでたい妊娠・出産は神様がお与え下さった最高の奇跡だと思わずにはいられません。ぜひ私にあなたの奇跡のお手伝いをさせてください。
つわり(妊娠悪阻)
つわりはほとんどの場合、妊娠4~6週で始まり、11週~12週で終わるのが一般的です。しかし、中には15週~16週まで続いたり、出産直前まで長引く人もいるなど、個人差があります。
症状も人それぞれ。最も多いのは空腹時に胸がムカムカする、軽い吐き気を覚える、においに敏感になって気分が悪くなる、食欲がなくなる、食べると吐いてしまう、といった「吐きづわり」です。逆に食欲がやたらに出て、食べていないと気分が悪くなるといった「食べづわり」もあります。
つわりが起こる原因はまだはっきりしませんが、最も有力なのは、妊娠に伴うホルモン分泌の変化によるという説です。胎盤から分泌される受精卵を発育させるホルモンが、嘔吐中枢を刺激するからだと考えられます。症状に個人差があるのは、体質や体格の違いによります。
メンタルなことも大きく影響します。周囲が妊娠を喜んでくれていないなど、精神的なストレスがあると、つわりが重くなる傾向があります。これはホルモン分泌中枢と自律神経中枢とが隣り合っているためで、いずれにしても、母体が順応していけばつわりはおさまります。
つわりがピークの時は、できるたけ安静にしたいですが、働いているとそうもいきません。つらい時は休憩させてもらう、母子健康管理カードを活用して、時差通勤やお休みをするなどの対策をして、じょうずに乗り切りましょう。
上手に乗り切るためのポイント
・少しずつ食べて空腹にしない
食べられないと赤ちゃんへの影響が気になりますが、妊娠初期はまだ赤ちゃんは小さいので、お母さんの体内に蓄えた栄養で間に合います。ただ、食べられないまま胃を空にしているとますます気分が悪くなります。1日3食にこだわらず、食べられるときに少しずつ何か胃に入れることです。固形物が無理なら、飲み物だけでもとりましょう。特につわり時に最も気をつけなければならないのが“脱水症状です”。こまめな水分補給を心がけて下さい。
・つるんと冷たいものがベスト
においが気になる場合は、冷たい食べ物を選ぶといいでしょう。ヨーグルトやプリン、冷奴、冷やしめんなどは、つるんと口に入って食べやすいでしょう。スパイスや酸味をきかせるのも手です。
・手抜きをして気楽に過ごす
家事や仕事をすることで気がまぎれるのならいいですが、つらいのを無理してやっていると、つわりはますますひどくなります。最悪なのは、できないことにくよくよして落ち込むこと。家事なら手抜きをし、仕事なら有給休暇をとるなどして、無理をしないことです。短期間のことですから協力してもらいましょう。
・気分転換を心がける
また、気分が悪いからと家に閉じこもっているとなおさらめいるばかり。たまには外出するといい気分転換になります。ただし、人混みは避けて、ゆったり歩ける場所や時間を選びましょう。また、万が一のために、ビニール袋とウエットティッシュを忘れないようにしましょう。
重症になったら病院へ!
つわりは、一時的なものだとがまんして乗り切るしかないわけですが、症状が悪化した場合は別問題です。重症化したつわりを「妊娠悪阻」といい、これをほうっておくと脱水症状を起こし、心臓や腎臓、肝臓などの内臓が衰弱したり、ひどくなると、ビタミンB1不足から、ウェルニッケ脳症という病気になって、記憶喪失を起こすこともあります。
「妊娠悪阻」の兆候は、
・食べ物だけでなく、水分も受け付けない
・1日に何度も吐いてしまう
・体重が極端に減ってしまった
といった症状です。こうなったら早めに医師の診察を受けましょう。
病院では、血液検査や尿検査によって、肝機能や腎機能、栄養状態を調べて診断します。
治療は、ビタミン剤や吐気止め入りの点滴をします。いずれも母体や胎児に影響はないものばかりですので安心してください。体が衰弱しているときは、入院を勧められることもあるでしょう。だいたい1週間も入院すれば回復するので、入院を勧められたら思い切ってしてしまったほうが良いでしょう。
切迫流産と流産
赤ちゃんがお母さんのお腹の外では生きていけない妊娠21週以前に妊娠が終わってしまうことを流産といいます。流産全体の約9割以上は妊娠12週までの早い段階で起こることが多く、赤ちゃん自体の染色体の異常により受精卵が育たないことが原因で、お母さんの仕事や運動などが原因で流産になることはほとんどありません。流産の大半は、もともと育つことがむずかしい受精卵だったということが多く、初期の流産は全妊娠の10~15%とかなり高い割合で起こりますので、けっして珍しいことではありません。したがって、残念ながら妊娠初期に流産になった方については、自分を責めたりしないことが大切です。体調を整えて次の妊娠を楽しみに待ちましょう。
とはいえ、治療の基本はお母さんの安静にありますので、無理は禁物です。切迫流産の場合には、とにかく安静に過ごすようにして下さい。妊娠12週未満の切迫流産は有効な薬剤がないので、安静に過ごすことが一番赤ちゃんのためになることだからです。妊婦さんの症状や仕事、家庭の状況によって自宅安静から入院まで安静の度合いは異なります。しかし、安静にと言れたら、食事やシャワー、トイレなど自分の身の回りのことをする時以外は横になっておくことが基本になります。例えばトイレが二階にある場合などには、布団をトイレの近くの階に移す、またお風呂は長湯はせずにシャワーにとどめておくなどの工夫も必要です。
万一、上の子がいて休めない、職場に言いにくいなどあったら、遠慮なく医師まで相談して下さい。身体を休めるために入院をすすめたり、母性健康連絡カードへの記入や診断書を記載したりすることができます。この時期の赤ちゃんを守ってあげられるのはお母さんだけです。仕事を休んだり、家事をお休みするのは心苦しいものですが、切迫流産と診断されるのは意外と短い期間です。一時的なものを割り切って、十分に体を休めるようにして下さい。性交渉は、切迫流産と診断されて安静にしている間は、控えるようにしてください。精液の中には子宮を収縮させるホルモンが含まれていて、これが切迫流産の引き金になることもあります。感染予防のためにも必ずコンドームを装着しましょう。
一方、割合としてはごくわずかなのですが、妊娠12~21週に起こる流産を後期流産といいます。後期流産の原因の多くは母体にあり、子宮内感染症や性感染症のほかに、子宮筋腫、子宮頚管無力症などがあげられます。また、まれに外界から受けた衝撃で起こることもあります。基本的には切迫流産においては薬を積極的には使いませんが、12週以降は子宮収縮抑制剤、いわゆる張り止めの薬を使うことがあります。
残念ながら流産となる場合、自覚症状がない稽留流産と出血からはじまる進行流産とがあります。稽留流産の場合、赤ちゃんは亡くなっているけれども、まだ出血・腹痛などがなく、診察時の超音波検査ではじめて確認されます。進行流産は子宮が収縮するために下腹部に張りや痛みを覚えます。また、子宮口が開いて、出血がみられるなどの自覚症状があります。もし、出血や腹痛を感じたりすぐに受診し安静にするようにしましょう。
超音波で赤ちゃんの心拍の有無を確認したり、内診で出血の具合や子宮の出口が開いていないかなどの確認をします。炎症があるような場合にはおりものの検査を行います。
切迫早産と早産
切迫早産とは、妊娠22週から36週ごろに赤ちゃんが生まれそうになることをいいます。その兆候は早産と同じく、おなかの張りや痛み、出血などです。子宮口は開き、破水してしまうこともあります。流産は赤ちゃん側に原因があることが多いのは先に述べた通りですが、早産は母体側に原因があることが多いのが特徴です。早産は全妊娠の約6%に発生しますが、早産の原因としては、約6割が子宮内感染症です。中でも多いのがGBSや腸炎球菌、クラミジアなどの菌が原因となる絨毛膜羊膜炎です。そのほか、腎臓病や糖尿病などの合併症、子宮筋腫、双角子宮などの子宮異常、子宮頚管無力症、羊水過多症、前置胎盤、胎盤早期剥離などがあります。また、胎児側の原因としては多胎妊娠があります。切迫早産と言われた時の基本は、切迫流産と同様に安静にして過ごすことです。また、切迫早産では子宮収縮を抑える薬が処方されることもあります。
出血やおなかの張り、下腹部痛や腰の痛み、おりものの増加などに気が付いたらいつでも産婦人科を受診するようにしましょう。当院では、妊婦健診中にこのようなことがあったら、予約外であってもいつでも受診していただくことができます。(その場合は診療の混雑具合やお腹の張り方によっては4Dエコーはお休みさせていただきますことをご了承下さい。)また、危険な兆候がなくても、膣炎が見られるような場合には、細菌や病原体が子宮頚管内に達して、子宮の収縮や破水につながりますので注意が必要です。妊娠中に行われる様々な検査はこのようなことを防ぐ目的で行われています。仮に検査で異常がなかったとしても、妊娠中の性生活によって感染してしまうことがありますので、性交渉ではコンドームを忘れないで装着すると同時に、おりものが急に増える、黄色や茶色のおりものが出る、かゆみなどの症状がある場合にも医師まで相談して下さい。当然ですが、出血、下腹部痛、水っぽいおりもの(破水)がある場合にも、すぐに受診をしましょう。早めに食い止めれば、早産に至らずにすむことがあります。お腹の張りについては、妊娠末期になると誰もがお腹の張りを感じるので非常に難しいのですが、1日に10回近い頻度で起こるようであれば受診するようにしましょう。逆に出血は少量であっても見過ごしてしまわないようにしてください。
受診の前にはお電話にて症状をお知らせください。緊急が必要と医師が判断した場合には、クリニックではなく、NICUがある設備が整った病院に直接行って頂く場合もあります。また、陣痛が来ていないのに、先に破水してしまうと、赤ちゃんが細菌に感染する危険が高くなります。もしも破水したら、公共の交通機関ではなく、車などで横になった姿勢でNICUがある設備が整った病院に直接行って頂く必要があります。
なお、世界でも一流のレベルといわれる日本のNICUであっても、24週以前の早産で生まれた赤ちゃんは育つことが難しいのです。そのため、切迫早産と診断されたら、子宮収縮抑制などの適切な治療を受けて安静を保ち、できるだけ長く赤ちゃんが子宮の中で育つようにします。切迫早産で入院中は、動くことができなくてつらいですが、数カ月のことです。お母さんの安静が何よりもの赤ちゃんへのプレゼントですので、赤ちゃんが一日でも長くおなかにいられるようにお母さんも努力をしてあげてましょう。
妊娠後期になったら、仕事の有無にかかわらず、なるべく夫や家族に家事を手伝ってもらい、無理をしないことが大切です。ストレスや過労はよくありません。十分に睡眠をとって何よりもリラックスして過ごすようにしてください。
こんな兆候に気を付けてください!
・お腹の強い張りで痛みを伴うような場合
・痛みを伴わない張りでも、周期的に張る場合
・破水(尿と見分けにくいのでおかしいなと思ったら病院に連絡を!)
・出血(大量の出血の場合には常位胎盤早期剝離や前置胎盤の可能性があります。また、少量であっても卵膜が子宮壁からはがれつつあるサインなので、すぐに受診をしてください!)
妊娠高血圧症候群
妊娠高血圧症候群は、妊娠後期に現れる最も気を付けて頂きたいトラブルのひとつで、以前は妊娠中毒症と呼ばれていました。妊娠中は血圧が下がるものなのですが、血圧が上昇してしまうのが妊娠高血圧症候群です。妊娠前は正常な血圧だった人が、妊娠20週以降に初めて高血圧症になった場合に診断されます。妊婦健診では毎回必ず血圧を確認しますが、最高血圧が140以上、最低血圧が90以上になると妊娠高血圧症候群が疑われます。妊娠高血圧症候群は、体が妊娠の与える負荷に適応できないことによって起こり、妊婦さんの3~4%に起こります。なりやすい人の傾向はありますが、だれにでも起こる可能性があります。ずっと順調に見えても妊娠末期に高血圧になることもあるので、油断は禁物です。
妊娠高血圧症候群では、血管が収縮して血液の循環が悪くなり、胎盤の動脈も塞がれて機能しなくなるため、胎児に十分な血液が流れなくなります。胎盤の血流が悪くなると、胎児の発育に影響を与えるだけでなく、早産を招いたり、常位胎盤早期剝離をまねくこともあります。さらに症状が進むと、出産時に赤ちゃんが酸欠を起こして仮死状態になることもあります。重症化すると頭痛、めまい、胃痛、吐き気、けいれん発作が起こることがあります。中には全身がけいれんして意識を失うこともあり、母子ともに危険な状態になることもあります。
怖いのは、初期段階では自覚症状がないことです。お母さんにできることは、きちんと妊婦健診を受けて血圧や尿の状態をチェックすることです。高血圧はかなり進んでから、頭痛、耳鳴り、目がちかちかするといった自覚症状が出ますが、こうなってからでは遅いのです。そのためには、生活習慣の見直しをすることも大切です。特に妊娠高血圧症候群になりやすい条件の人は、ならないような生活を心がけて下さい。
妊婦健診で高血圧、尿蛋白を指摘されたら注意が必要です。なお、尿蛋白だけの場合は妊娠性たんぱく尿といい、妊娠高血圧症候群ではありません。また、むくみ(浮腫)も妊娠高血圧症候群の前段階の注意してほしい症状です。早めに治療をすれば大事にいたらないことも多いので、軽症のうちに血圧が上がらないように日々の食事や日常生活をコントロールするようにして下さい。具体的には体重管理、減塩、たんぱく質やカルシウムを多めにとり、ストレスを減らし十分な睡眠をとる、適度な運動などが必要です。コントロールがうまくいかないと、入院による食事管理と降圧剤の服用が必要になることもあります。コントロールがうまくいって血圧が正常値に近づき、赤ちゃんも元気に発育していれば、経膣分娩が可能です。ただし、陣痛中は血圧が上がりやすいので、予定帝王切開になることもあります。
妊娠高血圧症候群になりやすいので注意をしてほしい方
・もともと血圧が高い方
・腎臓病、甲状腺の病気などの持病がある人、既往歴・家族歴がある方
・太りすぎでコレステロール値が高い方
・妊娠中の体重増加が著しい方
・ふたごやみつごなどの多胎妊娠の方
・35歳以上の高年初産、19歳以上の若年初産
・甘いものやしょっぱいものが好きでカフェインやアルコールなどをよくとる方
・労働時間が長く睡眠不足でストレスの多い方
貧血
妊娠が原因で起こる貧血の多くは鉄欠乏性貧血です。これは、鉄の不足により血液中のヘモグロビンが小さくなり、血色素が少なくなった状態です。妊娠すると程度の差はあっても、多くの人が生理的に貧血になりやすくなります。これは、赤ちゃんを成長させるため血液の量がグンとふえますが、ほかの血液成分に比べて赤血球のつくられるスピードが追いつかなくなるからです。赤血球の原料となるのは鉄分とたんぱく質です。妊娠中期ごろから、胎児や胎盤、母体のため血液がさらに必要になるため、妊娠中はそれまでよりも多くの鉄分をとる必要があります。
もともと、女性は、毎月の月経で貧血ぎみの人が多いので、妊娠のために急激に鉄分が必要になると、ストックがなくなって、貧血が起きやすくなるのです。
貧血かどうかは、血液検査のヘモグロビン濃度で判定します。妊娠中は、この値が11g/dl未満だと貧血で、9g/dl未満で重症と判断されます。妊娠中に何回か行われる血液検査でチェックを受けます。軽い貧血の場合は自覚症状はありませんが、ひどくなると肌やつめが青白くなったりします。
貧血の予防と治療には、鉄分の摂取が第一です。しかし、食事でとった鉄分は、わずか10%程度しかからだに吸収されないため、鉄剤の服用が必要になることもあります。鉄を多く含む食品は、かきやあさりなどの貝類や、ほうれん草や春菊などの青菜、いわしなどの魚類です。
また、これらの食品は、いも類、果物、野菜に多く含まれるビタミンCや卵、魚介類、豆類、牛乳に多く含まれるビタミンB12、卵、肉類、レバー、胚芽、牛乳、豆類、緑黄色野菜などに多い葉酸などといっしょにとると、さらに吸収率がアップします。
鉄剤は、人によってはからだに合わないこともあるので、鉄剤を飲んで便秘など気になる症状出るようであれば、医師に相談しましょう。
さかご
胎児はふつう頭を下にして羊水の中に浮かんでいますが(頭位)、反対に頭を上にして、足やおしりが子宮口のそばにある状態をさかご(骨盤位)といいます。さかごは経膣出産ではリスクが高いため、帝王切開出産となるケースがほとんどです。とはいえ、妊娠中期の、胎児が羊水の中を動き回っているころは胎児の位置は定まらず、出産までに頭位になることが多いので心配はいりません。最終的にさかごのままの人は5%前後です。
尿糖
妊娠すると胎盤から何種類ものホルモンが分泌され、血糖値が上がりやすくなります。そのため、普段は尿糖が出ないような人でも糖が出てしまうことがあります。妊娠糖尿病になると、巨大児や低体重児が生まれたり、生まれてきた赤ちゃんが低血糖を起こすして、最悪の場合には赤ちゃんが脳にダメージを受けることもあります。また、妊娠高血圧症候群、早産、羊水過多症なども引き起こしやすくなります。妊娠糖尿病になる原因は、肥満、遺伝的要因、35歳以上などと言われています。妊婦健診では毎回、尿検査で尿糖の有無を確認し、妊娠糖尿病の疑いがある場合には、血液検査で血糖値を調べたり、妊娠中期には糖負荷検査を行うこともあります。進行を防ぐためには、早期発見、早期治療で血糖値をコントロールしていく必要があります。妊娠糖尿病が疑われる場合には、医師の指導のもとで食事療法により血糖値をコントロールし生活習慣を整えるようにしましょう。
羊水過多・過少
羊水は透明な弱アルカリ性の水でそのほとんどは赤ちゃんの尿です。妊娠20週以降の赤ちゃんは自分で羊水を飲み込んで排尿したり、また余分な羊水は胎盤を通して母体から排泄しながら羊水の量を調整しています。羊水は27週ごろまではだんだんと増えていき700mlまでになります。その後、やや減って500mlくらいで安定します。妊婦健診では子宮内超音波により羊水の量を調べます。羊水の量が800ml以上であれば羊水過多、100ml以下なら羊水過少と診断します。羊水過多では、妊娠週数に比較しておなかが大きくなると胎動があまり感じられないことがあります。また、お母さんが子宮の圧迫で呼吸が苦しくなる羊水過多症になったり、切迫早産や破水が起こりやすくなります。反対に羊水が少なすぎ李羊水過少では赤ちゃんが子宮内で活発に動きにくいだけでなく、へその緒が圧迫されて酸素や栄養が母体から赤ちゃんに届きにくくなったり、子宮の収縮が赤ちゃんに伝わりやすくなります。
羊水過多は特別な原因がないことがいです一番多いのですが、消化管の狭窄や閉鎖、筋肉の病気などがあって赤ちゃんが羊水を飲み込みにくい場合があります。しかし、母体の糖尿病や感染症も羊水過多の原因となることもあります。羊水過少は胎盤機能不全や胎児の腎臓に問題がある場合があります。したがってどちらの場合にも胎児スクリーニングを徹底して行い、赤ちゃんの様子を調べていきながら経過観察を行う必要があります。
羊水量の過少は超音波により正確に判定することができ、当院では毎回の妊婦健診で値が正常範囲内かの確認を徹底して行っております。よく、人とお腹の大きさを比べて、過度に不安を感じる妊婦さんがいらっしゃいますが、おなかの大きさは妊婦さんの体型によっても違ってくるものです。したがって、羊水の量の異常はおなかの大きさなどの見た目で判断するものではないので、安易な自己診断で心配しすぎるのはやめましょう。
前置胎盤・低置胎盤
胎盤は、お母さんから赤ちゃんに血液や酸素、栄養を送るとても大切な組織です。胎盤は通常、子宮の奥の子宮底についていますが、何らかの理由によって子宮口を覆ってしまったりする状態を前置胎盤、子宮口の近くについてしまったりする状態を低置胎盤といいます。前置胎盤の正確な診断がつくのは妊娠末期になってからです。妊娠20週くらいまでに胎盤が下の方にあるように見えても、子宮が大きくなるにつれて胎盤は上の方に移動することもありますので、妊娠中期では「前置胎盤の疑い」として診断されます。
妊娠28~30週以降も胎盤が子宮口をふさぐ状態だと、胎盤と子宮壁にずれが生じて、出血を起こすリスクがあります。また、子宮収縮によって胎盤がはがれて大出血を起こし、母子ともに危険な状態に陥る音もあるので、前置胎盤と診断された人やその疑いがあると言われた人が、少量でも出血がある場合には必ず早急に産婦人科を受診するようにしましょう。前置胎盤と診断をされたり、疑いがあるときには、子宮収縮を避けるためにできるだけ安静に過ごすことが大切です。出血の可能性がある場合には入院して経過観察や子宮収縮剤の投与を受けることもあります。
前置胎盤の問題は、赤ちゃんが子宮口から出られなくなってしまうことにあります。そのため、前置胎盤の人が無理に経膣分娩を行うと大量出血がをする危険が高くなります。したがって、帝王切開で赤ちゃんを外に出してあげる必要があるのですが、前置胎盤の帝王切開においては、帝王切開で胎盤を剥離した時に血管が多い子宮頚管の露出面からの出血が止まらなくなる恐れがあり、最悪の場合には、子宮を摘出しなければならないリスクもあります。そのため、前置胎盤の帝王切開は我々産婦人科医にとっても非常にリスクの高い帝王切開となるので、前置胎盤のときには出血の有無にかかわらず、手術に備えて自己血貯血(輸血の際に副作用の少ない自分の血液をあらかじめ摂取・貯蔵しておくこと)が行われます。
常位胎盤早期剝離
胎盤は赤ちゃんがうまれると子宮壁からはがれて排出されます。しかし、赤ちゃんが生まれるよりも前にはがれてしまうことがあり、これを常位胎盤早期剝離といいます。初期症状は切迫早産と似ていて、少量の出血とおなかの張りが見られます。重症の場合には下腹部に激痛がおきてお腹が板のようにかちかちにかたくなります。胎動がなくなったり少なくなったりします。胎盤がはがれはじめると大出血して赤ちゃんへの酸素や栄養供給が減り母子ともに危険な状態となります。このような症状がみられたら、一刻を争う事態です。まずは病院に連絡をしてすぐに救急車で出産先の病院に向かってください。ほとんどの場合は、すぐに帝王切開となります。常位胎盤早期剝離が起こる原因ははっきりとわかっていませんが、妊娠高血圧症候群の妊婦さんに多いことがわかっています。交通事故や転んだり、おなかを打つなどの物理的な刺激によって起こることもありますので、おなかを打ったりしたあとは、しばらく安静にして、心配な症状が現れないかを観察することも大切です。
静脈瘤
大きくなった子宮の圧迫により下半身の血流が悪くなり、静脈がこぶのように膨らんでくるものを静脈瘤といいます。妊娠による黄体ホルモンの影響で、妊娠後期に発生して、足や外陰部、膣などにできます。膣や外陰部にできる静脈瘤は痛みや違和感を伴うことがあります。また、不快症状のほかにも、かゆみを感じることもあります。静脈瘤の治療方法としては、弾性ストッキングの使用などです。また、長時間の立ち仕事の人は、ときどき休んで座る、また寝るときには足を高くするなどの工夫をするのも良いでしょう。だるいと感じたらマッサージをして足の結構をよくすることも改善につながります。マッサージを行う時には、静脈瘤でふくらんでいる部分はさわらないようにして、静脈瘤の下の方を上に押し上げるようマッサージします。また、足をお湯に浸したり、青竹踏みなども効果的です。痛みがあるときには、血液の流れが滞って血栓ができていることもありますので、医師まで相談して下さい。
異所性妊娠(子宮外妊娠)
卵子と精子はふつう卵管で受精し、卵管を通って子宮に送られて子宮内膜に着床します。この状態を妊娠といいますが受精卵が卵管や卵巣、腹腔、子宮頸管など、子宮内膜以外のところに着床してしまうのを異所性妊娠(子宮外妊娠)といいます。異所性妊娠(子宮外妊娠)は、全妊娠の1%くらいの頻度で起こり、ほとんどが卵管に着床します。また、体外受精による妊娠では、3%~5%と高い頻度で見られます。原因としては、卵管が狭い、受精卵を運ぶ機能が弱い、受精卵自体に問題がある、などが考えられます。
異所性妊娠(子宮外妊娠)で卵管が破裂すると、大量の出血と激しい腹痛でショック状態におちいることもありますから、妊娠したかなと思ったら早めに産婦人科で受診してください。正常な妊娠の場合には、妊娠6週には超音波検査で胎嚢が子宮内に確認されます。異所性妊娠(子宮外妊娠)の手術は、着床部分を切除するのが一般的ですが、最近は早期診断ができるようになったことと治療器具の進歩で、卵管を保存する手術も可能となってきました。
なお、仮にいっぽうの卵管を切除しても、もういっぽうの卵管が正常であれば、次の妊娠が期待できます。
とくに注意して頂きたいこととして、異所性妊娠(子宮外妊娠)の時でも、妊娠判定薬では陽性となります。異所性妊娠(子宮外妊娠)か正常な妊娠かまでを区別することは産婦人科で超音波検査を受けて子宮内に胎嚢を確認するまでは判断することはできません。
初期のころは症状がでないため、正常な妊娠と区別がつきませんが、妊娠7週~8週になると受精卵が成長するため、卵管が破裂したり、流産となったりするので、市販の検査薬で陽性が出たら必ず産婦人科で超音波検査を受けて下さい。
胞状奇胎
卵膜や胎盤をつくる絨毛が嚢胞化し、水泡状の粒が子宮内に充満する病気です。
前妊娠の0・1%程度とごくまれな病気で、受精卵そのものに問題があり、核のない卵子が精子と合体して細胞分裂を開始すると、胞状奇胎になるといわれています。初期のうちは正常な妊娠と見分けがつきませんが、つわりが強い、茶褐色のおりものや出血がだらだらと続くなどの自覚症状が出ることがあります。
また、妊娠週数のわりに子宮が多きすぎる場合にも、胞状奇胎を疑うことがあります。
以前は発見や処置が遅れて胞状奇胎が悪性変化することがありましたが、現在は超音波検査や、hCGというホルモン量により診断できるため、ほとんどなくなりました。
胞状奇胎と診断されたら、すぐに手術を受けます。子宮摘出が安全度の高い方法ですが、将来子どもが欲しい場合、子宮内腔をきれいにする子宮内容除去術(掻把)を受けます。
奇胎は、悪性変化する危険性があるので、術後も定期的な検査が必要になります。
胞状奇胎の場合、早期診断と術後の定期検査が大切です。自己判断で術後の受診をやめないようにしてください。